研究 Research

開発工学研究室打ち合わせQ&A (2003/06/05)

不明な点があれば、井原までどうぞ。E-mail(ihara-t/aist.go.jp)でも、また、直接来ていただいても(工学部4号館228研究室)構いません。
質問は、[Q1]〜[Q20]の計20問でした。

目次

塗料に関する屋外計測
  1. 計測の不具合
  2. 計測データの記録方法
  3. 長短波放射計MR-40の誤差
  4. 見かけの反射率(計測データ)
光線追跡法による計測データの解析
  1. 光線追跡法
  2. 計算条件の設定
  3. 光線追跡法による補正後の反射率データ
計測された反射率データの分析
  1. 反射率の推定式
  2. 推定反射率データ
  3. 既往の研究との比較
その他塗料の特性
  1. 分光特性
  2. シミュレーションでの取り扱い
  3. 建築外表面技術
参考文献

塗料に関する屋外計測

1. 計測の不具合

Q1

塗装直後の2002年11月16日から正常に計測がおこなわれた12月28日までの間は、何が原因で正常に計測できなかったのか? また、それは現在は解決しているのか?

A

以下の項目が計測の不具合を招きました。

  1. 計測装置そのものの不具合
  2. 長短波放射計MR-40の設置場所の不適切
  3. 側面計測用の器具の不備

1に関しては、修理をおこなったことにより解決しています。

2に関しては、当初、MR-40固定用の専用三脚を用いて、試験体上部水平面(屋上)にMR-40を設置し、反射率の計測を試みていたのですが、専用三脚を用いると、MR-40の下向きドームと反射面との距離が大きくなってしまい、一方、反射面の面積が限られているので、周囲の物体の反射率を拾ってしまい、低く算出されてしまっていました。しかし、すぐに原因が分からなかったため、解明に手間取り、また原因が解明した後も、よい固定方法が思いつかず難航していました。

12月26日以降は、簡易ながら、計測の度に、MR-40を専用三脚から取り外し、レンガを用いて上部水平面に固定することで計測をおこなっています。

3に関しては、そもそもMR-40と専用三脚のみでは試験体側部鉛直面(側面)の反射率の計測がおこなえませんでした。上部水平面の計測に関して目処が立った段階で、業者の方に簡単な金具(L字型金具)の作成を依頼し、届いたL字型金具をさらに改造し、12月28日より、側面に関しても計測を開始しています。

2. 計測データの記録方法

Q2

データは手動で計測しているのに驚いた。毎日定時の計測結果を記録できないのか?

A

長短波放射計MR-40を用いて反射率の計測をおこなっていますが、MR-40は通常、日射量の計測に用いており、また反射率の測定地点も4か所設定しているので、計測の度にMR-40を移動させる必要があります。

毎日、正午前後の時間帯を見計らって、専用三脚からMR-40を取り外し、A→C→D→B(あるいはB→D→C→A)の順に計測した後、再びMR-40を専用三脚に固定するようにしています。

なお、計測データに関しては2日間程度データロガーに蓄えられ、随時、古いデータから削除するように設定しています。2日間という期間は、データロガーのメモリ容量の関係です。

3. 長短波放射計MR-40の誤差

Q3

放射計MR-40の放射量受感部である計測ドーム(下向き・上向きともに)は、放射光の入射角にかかわらず、誤差の生じることなく計測できるのか?

A

MR-40の仕様は表A.1に示す通りとなっています[A]

表A.1 長短波放射計MR-40の仕様
項目 短波長放射 長波長放射
感度 5-9[mV/kW/m2] 2-6[mV/kW/m2]
内部抵抗 10-70[Ω] -
応答時間 約17[sec] 約17[sec]
非直線性 ±1.5% ±1.5%
波長域 305-2800[nm] 3-50[μm]
温度特性 ±2% ±2%
方位特性 ±25[W/m2] -
測温 - Pt100 R100/R0値 1.385(センサー温度)
- Pt100 R100/R0値 1.385(ドーム温度)

入射方位角に関する誤差は上記に示す通りです。日射反射量は多いときは700[W/m2]に達しますが、少ないときは100-200[W/m2]程度であり、±25[W/m2]は決して無視のできない大きさとなってしまうので、それなりの誤差要因となると考えられます。

入射高度角に関する記述はありませんが、日射放射計の原理[B]からして、誤差は発生しないものと考えられます。

4. 見かけの反射率(計測データ)

Q4

見かけの反射率の変動が大きいのは、何故なのか? 天候によって直達日射と天空日射の比が変化して、それによって反射率が変化するということなのか?

A

さまざまな要因が考えられますが、本研究では、最も大きな要因は日射の入射形態であると考えています。

試験体上部水平面をLambert面と仮定した場合、下向きドームへの入射量に最も大きな影響を与えるのは、下向きドーム直下の試験体表面から反射してくる放射量であり、すなわち、下向きドーム直下の表面に入射する日射が最も大きな影響を与えます。

計測実験にあたっては、そのことを考慮し、計測装置が直下に影を作らない時間帯を見計らって計測をおこなうようにしています。しかし、影を作るのはあくまでも直達日射であり、天空日射に関しては全天空から降り注ぐので、どの時間帯に計測しても、天頂付近から放射される日射は考慮できず、結果、天空日射に関しては反射率が小さく計測されてしまいます。

天空日射は直達日射に比べて反射率が低く計測されがちで、天候によって直達日射と天空日射の割合が変動するため、その影響を受け、見かけの反射率は変動します。本研究では、その影響を除去するため、光線追跡法を用いて補正をおこないました。

光線追跡法による計測データの解析

1. 光線追跡法

Q5

補正をすると二階堂ら[11]によるデータとよく一致するように見える(スライド17)が、これは計測が正しくおこなわれ、また影の影響を十分に考慮できたと考えてよいのか?

Q6

光線追跡法を用いたのは面白いと思う。

A

光線追跡法(ray tracing)は、コンピュータ・グラフィックス(computer graphics)の分野でよく知られている手法で、CGに興味のある人ならば、「レイ・トレーシング」という言葉は聞いたことがあると思います。しかし、画像に限らず、ゼミ中に話があったように、重力場などの解析にも使われており、最近のコンピュータの処理能力の向上と相まって、さまざまな応用が今後なされていくことと思います。

さて、本研究では前述の理由により、光線追跡法を用いて反射率の補正をおこないましたが、その結果、日射の入射形態および物体の反射形態による反射率の上下を取り除くことに成功し、結果として、二階堂らのデータとよく一致したと考えています。

2. 計算条件の設定

Q7

試験体以外からの反射、たとえば屋上の地表面のコンクリート等からの反射による上向きの光は影響しないのか?

A

影響します。今回は、試験体上部水平面における反射率データを採り上げたので、長波放射計の上向き・下向きドームともに、地面反射光が入射する事象は考えられませんが、側部鉛直面のデータ解析においては、地面反射光の入射も考慮する必要があると考えています。今後、作業をおこなっていく予定です。

3. 光線追跡法による補正後の反射率データ

Q8

光線追跡法により補正してもなお残る反射率の上下(スライド16)は、

ことによるのではないだろうか?

このような仮定をおくことによって生じた誤差を、感度分析を用いて求めてはどうだろうか?

Q9

反射率の変動に関して、計測ドームの汚れ具合が違うという可能性があるのではないだろうか?

Q10

計測点Aと計測点Bそれぞれの回帰曲線の傾きがかなり異なるようだが、その理由はどう考えているのか?

A

反射率の上下は、[Q7]にある原因が主体的ではないだろうか、と今のところ考えています。計測ドームの汚れに関しては、日変動するものではないことから、原因として考えにくいと思います。また、計測期間が決して長くないためか、あるいは、Bの光源モデル化に誤差をかなり含んでしまっているためか、AとBの間に違いが出てしまっていることも否定できません(結果を出す際にはAとBの平均を取る予定)。

いずれにせよ、感度分析を通じて、原因を明らかにし、変動原因の大きなものについては何らかのモデルを導入して取り除く必要があるかもしれません。

Q11

スライド14にて、「線形(反射率(補正))」のR2 = 0.0387の値が相対的に低いが、これはどのように考察しているのか? xの係数が低くなるのは理解しやすいが。

A

スライド14に記載したグラフは、x:全天日射量における直達成分の割合 - y:反射率 のグラフです。もし、yxと無関係であれば、y = ax+bと回帰する際、aが小さくなると同時に、そもそも無関係なので、yxの相関の度合いを表す指標である決定係数R2も小さくなるはずです。

光線追跡法による解析の導入により、aおよびR2が低下しているので、xyの因果関係はかなりの部分で取り除けたと考えています。

計測された反射率データの分析

1. 反射率の推定式

Q12

p.20の式(4.1)において、反射率a(t)を指数関数を用いて表しているが、どうして指数関数になると仮定したのか?

A

実際の式の導出に関しては補足資料にまとめました。そちらを参照してください。

Q13

試験体の上部水平面は傾斜がないかもしれないが、実際のビル屋上は自然に排水されるように傾斜が付いているので、今回のように塗料が付着したまま、というのは考えにくいと思う。

A

アドバイス有り難うございます。側面に関して分析をおこなえば、降雨の反射率回復効果が確認されると思いますので、それを参考に、実際のビル屋上ではどの程度の反射率が保たれるか計算をおこなってみたいと思います。

2. 推定反射率データ

Q14

経年劣化や汚れにより、反射率が小さくなるようだが、p.26のグラフ(スライド17)を見ると、その反射率の低下が大きいように思える。塗料の反射率が平均して0.7-0.8を持つとまとめているが、これは塗料の寿命としている5年程度の期間の平均なのか? また、この反射率が1割変わるとそれが費用対効果にどれほど影響を与えるのか示して欲しい。

Q15

塗料の反射率が0.91から0.7〜0.8に劣化したという結果はどう評価できるのか? 十分なのか?

A

5年間の平均値は計測地点Aに関しては0.79程度、計測地点Bに関しては0.66程度となります。前述したように、Bに関しては低すぎると考えており、光源モデルにおける計算条件の再設定を準備中です。Aに関して見ると、大体0.7-0.8程度になるとお考え下さい。なお、0.7-0.8程度ならば、通常建築外表面と比べて高反射であり、本塗料を導入する意味はあると考えています。反射率を変化させた場合の感度分析に関しては、現在、建築熱負荷モデルの整備中ですので、整備後に計算をおこなってみる予定です。

3. 既往の研究との比較

Q16

二階堂らの研究との違い(スライド17)で、東京都文京区と同調布市とでは大気の汚れ具合が違うため、反射率が異なるとあったが、その地域においての汚れは実際どれだけ最終結果に影響があるかを定量的に評価した方がよいと思う。

A

反射率の劣化は、大気の汚濁係数に影響されると考えていますが、その分析は、実際の汚濁係数に関するデータが入手できたら、ということになりそうです。

その他塗料の特性

1. 分光特性

Q17

反射率は、入射光の波長によって変化するのか?

A

変化します。高反射高放射塗料は、太陽放射の多い可視光および近赤外光領域において反射率が高くする一方、長波放射の多い遠赤外光領域においては反射率が低く(つまり放射率は高く)設計された塗料です。太陽放射を反射し、一方、物体からの長波放射を積極的に放射することで、内部の熱を低く抑えます。

なお、低反射低放射性の物質というものもあり、たとえば黒色クロムメッキなどの光選択吸収性表面の材料がそれに相当しますが、これは内部に熱を蓄える性質があります。この種の材料は、太陽熱集熱器の表面などに利用されています。

2. シミュレーションでの取り扱い

Q18

今回採り上げた試験体を用いての屋外計測を開始する前には、熱負荷計算などシミュレーションプログラムにおける塗料の反射率として、どの値を使用していたのか?

A

従来のシミュレーションにおいては、建築熱負荷計算・都市熱環境計算ともに、本塗料の初期物性値である日射反射率0.91・長波放射率0.90を用いていました。本計測により日射反射率に関してはある程度低下することが分かったため、実際の冷暖房需要の変化幅も従来の計算結果よりは小さくなることが予想されます。

3. 建築外表面技術

Q19

冬期と夏期とでの建築外表面の切り替えは、どのようにおこなうつもりなのか?

A

暖房需要が多い建築物の導入に関しては建築外表面の切り替えが必要となります。実際の切り替えに関しては、以前説明したように、サイディング工法に似た機構を考えています。ただし、実際に試験モデルを用意するのが難しいため、方法を示すにとどめようと考えています。

Q20

最近、緑化が義務化されたが、ビルの屋上が全部緑化されてしまうと、塗料が導入できなくなるのではないだろうか?

A

国土交通省においては、2001年度に都市緑地保全法を改正し、民間における緑化への取り組みを地方公共団体が支援する「緑化施設整備計画認定制度」を新たに創設しました。同制度により、「緑化重点地区」にある敷地面積1000[m2]以上の民間建築物において、敷地面積の20%以上を緑化すると、固定資産税が軽減(課税標準が5年間にわたり1/2となる)されるので、都市緑化が推進されると思われます。

さらに、東京都では、ヒートアイランド現象の緩和策の一環として、2001年4月に改正自然保護条例を施行し、敷地面積1000[m2]以上の民間建築物(公共建築物は250[m2]以上)を新改築する際、利用可能な屋上面積の2割以上の緑化を義務づけました。

しかし、ご存じのように、屋上緑化と同じく、高反射高放射塗料もヒートアイランド現象を抑制する建築外表面技術の1つです。評価対象とする建築物に対して、熱環境シミュレーションをおこなって、屋上緑化より高反射高放射塗料の導入の方が望ましいという結果が出るのならば、当該建築物に対しては、高反射高放射塗料の導入をむしろ推奨すべき(義務化すべき)だと考えています。

また、屋上緑化自体が全面的に義務化された場合でも、実際には空調装置の室外機の存在や重量制限の関係上、緑化が難しいという可能性があります。その場合、高反射高放射塗料は、屋上緑化がおこなえない場合の有力な代替策となると考えています。

参考文献

1. 参考文献

Bibs
[11]
二階堂稔, 寺内伸.
構造物の温度上昇を抑制する光高反射・熱高放射塗料.
鹿島建設技術研究所年報, 第47巻, pp.153-158. 鹿島建設技術研究所, Sep 1999.
[A]
栄弘精機.
長短波放射計MR-40取扱説明書.
栄弘精機, May 1999.
[B]
新太陽エネルギー利用ハンドブック編集委員会(編).
新太陽エネルギー利用ハンドブック.
日本太陽エネルギー学会, 初版, Oct 2001.
Last update: Jun 10, 2003
井原 智彦(ihara-t/aist.go.jp)